辻仁成というと、恋愛小説家というイメージが強く、中山美穂が主演した「サヨナライツカ」など映画化や、ドラマ化される小説も多く、これまでに読んだことのある本は、江國香織との共著的作品である「冷静と情熱の間」や「左岸/右岸」くらいでした。
でも今回読んだ、「オキーフの恋人 オズワルドの追憶」は今までイメージしていた作品とは違い、探偵サスペンスもの、しかも心理学やマインドコントロールといった専門的な分野が絡んでくる、最終章まで目が離せない内容。
オキーフの恋人は、現実の世界を、オズワルドの追憶は、現実の世界で描かれる小説が劇中劇のようなスタイルで展開していき、一冊で2度おいしい構成になっています。
その作中で展開する小説「オズワルドの追憶」は第6章から成るのですが、第5章くらいから一気に急転直下となり、こんなに大風呂敷を広げてどんな落ちで最終章を終わらせるつもりだろう…と思っていると、そこは全体を通して描かれるキーワードによって、納得の結末を迎えるという、辻仁成の筆のすごさを実感した作品です。
そして現実世界の「オキーフの恋人」のシーンでも、主人公の心象世界と、現実とが入り混じったり、破壊と再生を描いたような、読後にすがすがしい救いが感じられる作品です。
ぼくには人に言えない秘密がある。
誰にでも一つや二つは秘密があるものだが、ぼくの秘密を言葉で説明するのは非常に難しい。ぼくにはぼくにしか見えないインナーチャイルドがいる。いつからその子がいるのかは分からない。気がついた時にはすでに傍にいた。時や場所を弁えず、少女はぼくの前に姿を現し、言いたいことを言ってはふっと消えていくのだが、それがぼくにしか見えないものだから、周囲の人間たちは、誰もいない場所に向かって喋っているぼくのことを、頭が疲れ切っているものと勘違いしてしまうのだ。
ぼくは彼女に、オキーフ、という名前をつけた。(辻仁成「オキーフの恋人 オズワルドの追憶」冒頭より)
人を引きつける小説には、冒頭に力がある。思わず引き込まれる世界観、言葉運びの独特な雰囲気。その人でしか切り取ることのできない世界の断片を、この小説から感じました。
ウェディングの写真は、多くの場合、常識的にいって、お二人をメインで写します。お二人は写真の真ん中にいて、もしくはお二人の顔のアップであったり、画面いっぱいにお二人の全身が写っていたり。もちろん、お二人の記念に残すのですから、そういう写真も悪くはないのですが…。
ラブバイレでは、フォトウェディングはアートだと定義しています。一日一日、同じ場所であっても、同じ構図であっても、同じ写真には絶対になりません。なぜなら、その日の空の色、雲の動き、風の強さ、海の色、海が凪なのか、時化なのか…そういうその日のシチュエーションは、毎回違います。違うからこそ、お二人に合わせて、もちろん何カ月もかけてコーディネイトしますが、その場でも瞬時にイメージを作り込み、この出会えた瞬間の最高傑作を、デザインしていきます。そして、実際に想像以上に毎回、最高の写真を残してくれるのは、フォトグラファーのコウキさん☆
この写真は、まさしくそんな一枚。ドレスの薄手のチュールだけが計算されたように、動きを生み出し、刷毛で描いたような雲の動きと、太陽の光、そして、お二人の光を見つめる、穏やかで優しく美しい表情と、顔にかかる影が、海の青と空の青とに惹きたてられて。
ウェディングは芸術だと感じる瞬間です。
お姫様だっこを恥ずかしがるお二人って案外多いもの!!それが20代後半以降になればなるほど、嫌がる…。そんなとき、こんな風なだっこはいかがだろう!!ドレスのトレーンが美しくたなびき、かっこいい瞬間をとらえる。
ラブバイレにいらっしゃるお客様は、クールで優しく、思いやりがあるので、人前であんまりあからさまな愛の表現を行わない。撮影風景を知らない人は、「このお二人はプロのモデルさんですか??」とよく聞かれるけれど、逆に恥ずかしがりやで、クールな方がほとんど。そんな二人が、写真の中で、最高に輝くのは、ラブバイレとお客様、カメラマンとお客様、そしてラブバイレとカメラマンとの間に、最高の信頼関係が結ばれているから。無理に作らない、二人の良い瞬間を、上手にとらえる。
カッコよさ、アーティスティックな世界観は、そんな日常の中から生み出される。